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南直哉「恐山」


今日の移動の電車の中で読んだのが南直哉さんの「恐山」。

恐山というとイタコや火山ガスが吹き出す荒涼とした風景が思い浮かぶので、この本もそういうイメージを強調するものかと思ったら全然違います。

スピリチュアル系や霊能者に興味がある人達が期待しそうな内容とは真逆ですが、それだけに老猫には興味深く読めました。

南さんは恐山を管轄する菩提寺の院代を勤められている禅僧で、永平寺での修行時代には、過激派、原理主義者、永平寺のダースベーダーと呼ばれていたそうです。

そんな人なので理屈っぽいというかお坊さんとは思えない物言いをしていたりしますが、既存仏教の教義の限界、死者と生者の関係、弔いのあり方について示唆に富んだ意見があちこちにでできます。

老猫は、昨年母をはじめ身内を4人もなくしました。その内の3人は、昨日までは元気だったのに、翌日にはこの世の人ではなくなっていました(´Д`)
病死、自死、事故死と理由はそれぞれ違ったけど、生死を分ける境というのはどこにあるんだろう、何故この人達は死んで自分は生きているんだろうとか考えたりした1年でした。

その間に東日本大震災があり、日本全体がそんことに思いを巡らした1年3ヶ月でもあったと思います。

今まで日本人は無宗教だと言われてきたし、今でも特定の宗教・宗派を熱心に信心している人は比較少数かもしれません。

老猫も基本信仰心はないのですが、信心とは関係なく生者と死者、弔いとはという事を考えるきっかけになる良い本だと思います。

なんて事をたまには真面目に考えたりしているのに、相変わらず政界は何人造反とか新党立ち上げとか騒いでいます(´Д`)

亡くなった多くの人達、今でも故郷に帰れない人達にも思いを寄せず、優先順位の高い政策そっちのけで政局に血道をあげる。

動物園の猿山の方がよっぽど統制がとれて、ちゃんと役割分担しているのではσ(^_^;)?と思う老猫なのでした。
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コメント

No title

人って身近な人の死に直面することで、生死と真面目に向き合うようになるような気がします。
宗教によって考え方の違いはあれど、基本「生」と「死」しかないんですもん。
生きてるうちに徳をどれだけ積めるか・・・解釈はいろいろあれど、心に留めておきたいものです。

No title

チロルさん
徳を積んでいない老猫ですが、大震災以来日本人の考え方や死生感は大きく変わったんじゃないですかね。

No title

こんばんは。
私は生まれも育ちも神戸なので17年前に起こった地震には大きな衝撃を受けました。
私はその時は神戸(須磨)の山側に住んでいて海側(今鉄人28号が立っているあたり)が真っ赤な炎に包まれていくのを見ていることしか出来ませんでした。
数日後、神戸には仏教を始め、キリスト教、イスラム教など世界中の教会が集まってて、一斉に祈り始めました。
この時初めて人間と宗教の結びつきというものを感じたのが今の私をつくっている根本になっています。
生と死は表裏一体、これを仏教用語では「不生不死」といいます。
難しい問題ですが人間であれば必ずぶち当たるそんな問題ですね(^^;

No title

yukiさん
神戸出身なんですね。
大震災が起きたのは老猫が大学院の時で、研究室のテレビで倒れた高速道路や火の手が上がる神戸の街を見ていた記憶があります。その年にはサリン事件もあったので一生忘れられない年です。
大災害や事故が起きると生と死を考えたりしますよね。
特にこの1年ちょっとは、色々な事を考えた1年でした。

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名古屋と北陸地方を中心に食べ歩き、見て歩きをした記録を綴ってます。 

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